屈辱・後編
●BANKは国家機関なので直接CMは打てません。その傘下(外郭団体)の▲▲▲委員会が広告主。依頼したのはJ先生。日本を代表する漫画家。競合時に連絡しておいたように事情説明後制作に取り掛かってもらう。
●BANKが広告主、A社が広告会社。と説明していると、
「ん、A社。じゃあやらない。俺はA社には裏切られた」
と突然部屋から追い出された。
「二度と来るなよ!」J先生はドアをバタンと閉めた。
局次長に連絡すると、
「確かに九州で一度Jさんとはもめていた事実はあった。でもそれは解決済みだ。もう一度頼んで来いよ。俺たちに落ち度はない」
「でも、それはA社さんのせいですよね。A社で交渉するべきじゃないですか?」
「お前、プロデューサーだろ。自分で解決しろ!」
再度J先生事務所を訪問し話し合いを求めたがドアは開かなかった。
「どうする?…」
「どうする?…」
自問したが答えはなかった。目白のマンション。その廊下で私は頭を抱えた。
J先生の事務所は助手さんたちの島とJ先生のデスク、そしてそのぐるりと囲む部屋全部にブランデーの瓶が飾っていた。全部飲み干した空き瓶だった。
「レミーマルタン…」昨日帰り際にリカーショップで買ってきた。
たぶん仕事中それを飲みながら書いているんだろう。バッグを下ろし私は廊下に正座(土下座)していた。
一時間二時間、名案は浮かばない。というかもう限界で足がしびれている。スーツに革靴そのままコンクリートの上に座る足はもう全然感覚がない、他人の足だ。
三時間四時間、名案どころかこの体制は地獄だ。一分が一時間にも感じられ、頭は痛みをこらえることだけしか考えられない。説得することよりも帰って報告するほうが怖かった。
五時間六時間、あたりは夕焼けになり午後六時レミーマルタンをドア前に置き、私はその場を去った。
二日目、しびれはもうなかった。
コンクリートの廊下は誰かの足音ひとつで私の身体に鞭打つように響いた。
「拷問とはこういう事か…」罪人になったようにうな垂れた。
午後六時ドア前にレミーマルタンを置いた。
三日目、意識が途切れ途切れ、起きているのに寝ているように夢を見た。
午後六時ドア前にレミーマルタンを置いた。
四日目、妄想に襲われた。何かに追われていたり、責められたり、恐怖が私を襲ってきた。石のように固い足。さすっても他人の足だ。午後六時ドア前にレミーマルタンを置いた。
五日目、すべてが消えた。最初に土下座を始めた時よりも全然楽。
「さあ、いつまで闘うのか、もう土下座には負けない」
午後三時過ぎドアが開いて、助手の人が手招き。
先生の前に座ると、
「ほらっ今日も持ってきてるか?」とレミーマルタンの催促。
「あー、はい」と手渡すと早速封を切り、グラスにふたつ並々注いで、
「お前に頼むわ。まあ宜しく」とグイッとやった。
ブランデーの一気は初めてだったが飲まないわけにはいかない。
グイッとやり、咳き込んだ。
「まあ、飲めや」とまた並々と注いでいただき、さすがに参ったので、
「先生、自分は飲まないんですよ」と応えた。
「何言ってんだ、飲まなきゃ仕事なんか出来るか!」と笑顔でグイッとやった。
五日間行方不明。会社にも寄らずただ先生の仕事場と家の往復。まだ携帯がない時代、局次長だけには報告していたが、会社には連絡していなかった。
よっぽどの事が起こっている。それだけはみんな理解していて、酔った顔で久々の出社。
それも夕方出社だったので目を丸くしていた。
オンエアは大盛況だった。インテリジェンスのあるいいアニメーション。評価は上々だった。映画の有名な吹き替え声優さんたちがドラマを演じてくれた。
アニメの完成品を先生に届けると、先生から色紙をいただいた。
ちょうど初めての子供が生まれ、先生には報告していた。
漫画の主人公たちが勢ぞろいした色紙に、【平石赤ちゃん修行の世界にようこそ】とあった。
インテリヤクザ。先生の別名。パンチの効いた色紙にお礼を言うと、
「あー、振込あったよ。またやろうな。お前ならまたやってやってもいいぞ」
もちろん片手にはレミーマルタンのグラスがあり、ひとりでグイッと引っかけた。
空のグラスを差し出して、どうだ? のポーズをしたので、
「だから先生、飲まないですよ」と今度は丁重にお断りした。
局長・局次長はもちろん喜んでいた。ただこのコンビにはそれはただの通過点。A社は勝って当たり前、その上で尚且つ表彰されるレベルでないと評価にはならない。世界最高峰しか彼ら目には映っていないのだから。
あの<屈辱>はどこかに消えていた。私の単語帳(記憶)にはその二文字はもう必要なくなった。
関連情報
メンズハット 通販|HEY3HATTER
メンズハットの通販ショップ【Hey3Hatter】では、ステットソンをメインにドブズやクリスティーズのいい帽子だけをセレクトして直輸入販売をしております。ストローハット・パナマハット・ビーバーハットをはじめ、ウィペット・ストラトライナーなど、ステットソンハット(DOBBS/CHRISTYS')の永久保存版を取り揃えておりますので、ぜひ自分にぴったりの一つを見つけてください。
屋号 | HEY3HATTER |
---|---|
住所 |
〒340-0011 埼玉県草加市栄町3-4-24-609 |
電話番号 | 090-4096-1911 |
営業時間 |
10:00~19:00 定休日:不定休 |
代表者名 | 平石 光男 (ヒライシ ミツオ) |
info@hey3hatter.net |