映画監督になった「告白」の中島哲也、「つぐみ」市川準、「紙の月」の吉田大八、「眉山」犬童一心、「鮫肌男と桃尻女」の石井克人。CMをステップにゴールの映画で花を咲かせた。でも基本的にビジネスだからみんな予算や時間はきっちり守る人たち。もちろん自分の描く世界観はするどく要求も厳しいが日本語は通じるし、頭の回転も速くこちらの要求にもちゃんと応えてくれる人たち。

 

• ●ンアドという会社は切れ者揃いで有名な会社。サン●リーのCM制作を一手に引き受ける映像に関してはピカイチの専属広告会社兼プロダクション。●ーロン茶のCMと言えばわかりやすいかもしれません。

※●はあえて伏せていますが、おわかりだと思うので、流してください。

 

M田さんという演出、とU田さんというカメラマンのお話です。

M田さんは全く喋りません。もう一日いても二言三言がせいぜい。あとはこちらが用意したロケのスケジュールとロケ場所をM田さんがOKするだけ。M田さん「違うな」それだけです。「何が違うんですか」と聞くと「違うから違う」あとは無言（だんまり）です。

 

100個あれば100個NO!　それがM田さん。1000個用意できればいいが、時間と予算では1000個は用意できない。だから「これが最高です。これでお願いします」とあらゆるデータからこれ以上ないと思われるロケ地や出演者を用意しても「違うな」と答える。

 

のちにロケ地でM田さんと飲みました。「M田さん、どうしていつもNO!　なんですか？」と聞くと「だって、俺に求めているのは最高の画だろ！これ以上は絶対にない！ を用意してくれなきゃNO! としか言えないだろ」

 

映像を100点満点で言えば120点の材料を用意する。これは並大抵ではできません。100点で満点なのにそれ以上とは見たこともない映像のこと。そう、経験したものでは足らないから、条件を世界に広げて考えて欲しいという意味。これでは予算は破綻します。

ただ、どこかで見た気がするロケ地や出演者をあらゆるコネクションを使って最短で探し出す。これをネットのない時代に電話と足で作りました。

 

M田さん曰く、「今回はいい仕事だったよ。また会おう」

「う～ん当分いいかな…」口には出しませんでした。

 

 

のちに聞いた話で、当時TV女優ナンバーワンの女性を、一日中ロケ地を転々としながら、結局撮影しなかったという噂が耳に届きました。

担当だったら…考えたくもない噂で、聞かなかったことにしました。

 

撮影監督U田さん。M田さんとはよく組むカメラマン。

「M田よりはましだろ、おれはしゃべるし…」と言われますが、U田さんは「う～ん。もう少し探そうか！」とやっぱりNO! を突き付けます。

 

U田さんのこだわりは撮影するのは被写体だけではなく、画面に映る空気感。

すべて準備完了になったところでU田さんは待ちます。

「U田さん回しましょう！」「う～んまだだな」

何がまだとは言わない。「う～ん、まだだな」とファインダーをのぞきながら待機。

 

• ●ーロン茶のオーディションでは中国人1,000人をオーディションしたという。さらにロケ地に3日滞在し結局撮影せずに帰って（中国ロケ）、また出直したという＜恐ろしい伝説＞の持ち主。

 

クライアントも広告会社も「何を待っているのか？」質問しますが、「う～ん、まだだな」と答えは同じ。そのとき私たちはスタジオの白ホリ（ただの白い背景）に薄い紗幕を垂らした背景。難しいものはなにひとつないシンプル背景。

 

8時入りして待機すること7時間。突然U田さんが動き出す。「回すよ、いましかない」

撮影は急にスタート。でも十分な準備もあり、定時の6時終了でした。

U田さんが撮っていたのは空気感。固まっていた空気、澱んでいた空気。止まっていた空気がゆっくりと解凍するように溶けだした瞬間をU田さんだけの感で見抜いたその画は、なんとも妖艶な空気がそこにありました。

 

被写体の女性がその中で鈍く輝いていました。この鈍く輝く感じは文字では言い表せない、魚で言えばぬめりのようなもの。

 

M田さん・U田さんとは仕事はするな！予算がいくらあっても足らない。これが業界の常識でした。禁断の果実を食べたような苦しさのあとに2本とも素晴らしい映像が待っていたのは言うまでもないことでしたが、「う～ん、次は指名したくない人」リスト入りしたことは間違いない事実です。

 

 

手強い奴らに出会うことはいい意味で経験。でも胃に穴の開く時間はあまりうれしくもない経験でもあります。映像を披露できないこと（著作の都合上）はすみません。