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Hey3hatterのエピソードゼロ<風の色>前編

| 風の色 前編

 

大学は国分寺のローカル。特に記することもない普通の学校。不登校で高校の仲間たちと代々木公園周辺で遊んでいた私に届いた成績表は、

【あなたは四年で卒業できませんよ】という最悪の通知だった。

 

「めんどくさいなあ…」仕方なく学校に行き、学生課を訪問すると来年度以降すべて出席しすべて優を取らなきゃ就職もままならない。土壇場がいきなりやってきた。まあせっかくだからと久々に部室のドアを開けた。

「おー、平石。ちょうどいい。お前キャプテンやれ」幽霊部員の私に四年で卒業した先輩が声を掛けた。

 

「いやあ、キャプテンなんて…」

「いないんだよ、部員が。だからお前やれ!」

 

ultimate

 

【アルティメット】というスポーツをご存知だろうか?

コートはラグビーサイズ。人数は7人。フリスビーをパスしてタッチダウンするゲームで、ラグビーのセブンスのようにフルコート走りまくるゲーム。当時ポパイやらの特集ページでウィンドサーフィンと同等に扱われたニュースポーツ。でも現実は大学生の遊び程度、本格的スポーツには程遠い存在だった。

 

指導者がいない、目指す目標がない。ただ大学の屈強スポーツからドロップアウトした奴らが夢中になって、その<アルティメット>究極を求めていた。

 

「学校は休めないし、キャプテンだし、困ったなあ」部員も20名程度でしかなく、東京地区では最下位争いのチーム。まあ彼女の手前、やったるか!と通える距離の吉祥寺に引っ越した。

 

「いったいどうしたらいい。わけわかんない」

とにかく円盤と過ごすしかない。ちょうど近くに一年下のM君がいたので、

「俺ら犬になろうかと思うんだ」と一日中ディスクと一緒にいる生活を始めた。

 

投げる相手がいなきゃディスクを持っていても意味はない。Mを相手に登下校はもちろん、電車に乗る時も飯食う時も風呂やトイレでもとにかく離さない生活にした。

 

「究極って何だ?」あらゆる球技スポーツのビデオを見た。違いは円盤かボール。投げて取る。それだけだ。コートは広いが人数は少ない。じゃあ走るしかないわけで、走り込みを始めた。グラウンド20周。馬鹿みたいに走った。走り込むとわかったのは、限界がどんどん消えていく事。3か月で20周なんてなんでもなくなった。

 

すると部員全員の足に異変、疲労骨折(骨に亀裂が入る症状、結構痛い)。身体の限界よりも体力が優ってきた。テーピング固定し走り続けた。

 

夏の関東大会、勝てなかった獨協やら慶應やら日大やら明治やら名だたる優勝候補を破り、初の東日本チャンプ。が、関西や愛知には勝てなかった。3位。するとどうだ、日本中のチームが私たちに着目した。

 

平均身長は165くらい。手も小さく足も短いウチらがコマネズミみたいに走りまくる。全国のチームが真似して走り始めた。四年秋、全国優勝は圧倒的勝利。ナショナルチャンピオンとして海を渡った。

 

夢みたいな現実。あのパサディナのローズボウル、世界選手権の開催地だ。日本代表としてそのピッチに立った。8万人の観客。その唸り声や拍手は地面を揺らして、まるで地鳴りのように日の丸を付けた私たちを迎えてくれた。

 

現実は厳しい。全米2000チームの頂点に立つサンタバーバラ・コンドルズとの対戦。21対0、完敗だった。コマネズミのパスをハエ叩きのようにカットし、そのままロングシュートを決められた。疲れる前に試合は終わった。

 

コンドルズVS世界選抜(わかりますか? VS世界選抜! それくらい他を圧倒していたチームの貴重なビデオです)

 

「何が違う?」

質とグレード。まるで別なゲーム。私たちの勝てる要因はゼロ。そのあとのリーグ戦でもゼロ点ゲームを繰り返した。メジャーリーグ対高校野球、観客には退屈だったろう。

「このままでは帰れない」直感的に感じていた。

 

一年前、大学のグラウンドでいつものように周回し、

「さあ投げるか」と思いディスクを持った瞬間、グラウンドの空中に見えたもの、それはいくつもの層をなす【風の色】。

 

地表近くがイエロー、5Mあたりがグリーン、10Mあたりが水色、その上30Mくらいからブルー。見間違いじゃない。たった一回だったが、確かに風には色があり、それぞれ別の方に吹いていた。

 

「100M先を狙って超ロングシュートだ!」

試合開始は敵味方ともにエンドライン上からスタートする。その第一投でシュートを狙う正確には80Mシュート。二年間ずっと走り続けた私たちに、ゼロ点敗退じゃ結果を残したとは言えない。

 

試合終了後、サブグラウンドで練習するコンドルズキャプテンに再試合を申し込んだ。

「まあ練習だから…」と快く引き受けてはくれたが、なんとメンバーに女性を入れてきた。

 

「完全に舐められている」が、いまはそれをNOとは言えない。私たちは格下。

試合していただくだけで感謝のレベル。コンドルズが試合をする。サブグラウンドに観客が集まりだした。そう世界のスーパースター軍団。女性とはいえほぼ私と同じ身長。彼女までハエ叩き。前半ゼロ点。観客は弱いジャパンを応援し始めた。

 

「いまやるしかない!」

後半開始早々、親友のKを呼んだ。

「ロングシュートする!」

「エッ?」一瞬何を言ってるかわからなかったようだが、

「あっ、わかった」と軽く返事した。

 

得点したチームがスローオフ(エンドラインから相手エンドライン方向にディスクを投げる)で試合開始。ほぼエンドラインでキャッチした。Kが敵エンドゾーンに到着するには10秒掛かる。投げたディスクの到着までは3秒。

 

投げても受け取れなきゃ意味はない。上空10M左斜め30度の方向、<水色ゾーン>に全力スローした。

ひそかに後輩相手に練習してきた。

北風の強いグラウンド、いつも風に叩き落とされていた。だからゾーンの隙間を狙うことを懸命に探してきた。

 

ディスクは直進よりも下に風を受け揚力を利用した方が距離が出る。その風に乗せた。

Kは振り向きもせず、エンドゾーンにまっしぐら。後方からディスクは追いつき、やがてKを追い越して空中3M辺りから水平飛行。こいつをKは犬のごとく加速、がっちりとキャッチした。コンドルズサポーターは約500人。地鳴りのような声がした。

 

「そうか!ロングシュートが打てるのか」

マンマークでハエ叩きしていたコンドルズは、ゾーンディフェンスに変わり、パスが出来るようになった。結果はたった5点しか取れなかったが、Kのスーパーキャッチは確実に流れを変えた。

 

ultimate

 

残念ながら私はこの一回きり。以降世界選手権には行かなかった。貧乏法人フリスビー協会に派遣費用はない。自費遠征の残高は行く度に借金を増やす。海外遠征一回40万を一年で返すのは学生には辛い。国内もすべて自費。年間100万ほどが積み重なるからだ。

 

※AUDL=American Ultimate Disc League

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